伊豆天城 八丁池登山(妻)

『今日は八丁池まで登山だ』と、お父さんと子ども達と顔をみあわせた。青空がますます晴れ晴れしくしてくれる。ここ天城にキャンプに来て天城連山を自分の足で確かめようとテントから山登りは始まった。お母さんのリュックサックにはおにぎり6個、ゆで卵7個、みそしる2つ、すいとう、ウィンナー6本、ちいさいパン6コ。どれほどあるかわからない初めての道のりにこれが家族5人の食料だった。

子供用リュックには350mlの水5本、ジュース2本、ガム3つ。もう一つの荷物は3才の薫。
大川端キャンプ場から1.3kで水上駐車場へ出た。緑いっぱいで川の流れとともに歩いた道のりでは車ではわからない流れの音、鳥の鳴き声、耳に入っていった。
天城大橋をよぎると車道となって、次から次へ車がのぼっていったが、山歩きはまだまだ始まったばかり。川端康成の文学碑で立ち止まって休憩するのも新鮮だ。途中車を止めて登山をめざす年輩夫婦、一人でもくもくと歩く人、我が家のように幼い子をつれている人はみかけない。案の定まだ出発して1時間あまりでおなかがすいたとだれとなく言い始め、おかしはないか、チョコレートはないかとあれこれ言ったあげくパンを食べた。そのあとお父さんは山登りにはチョコレートをどっさりもってゆきたかったとぶつぶつ言っていた。

これより車両通行止めの道となる。ほっとして道をせいせいとひろがって歩く。八丁池3.2kの表示より深く山の中へ入って行った。もうすでに薫は完全にお父さんにだっこやおんぶをせがみ『失敗した!。薫を背負うのを用意すべきだった』と父さんは言った。3.2kという距離は余裕だと私は思っていたし、相変わらず子供らの足取りは軽かった。木の根が限りなく足下をおおい、光があたって明るい林の中でも薫をかかえているお父さんはひたすら八丁池をめざしていた。一人で歩く時の2倍のエネルギーを消費しているので彼は特別水も飲んだ。

やっと林道に出た所でみた標示はなんとあと2.2k。もう12時もまわった。愚痴も文句も言わずリュックをしょってきた子供らも実にお腹が空いていた。『お昼につけば』という目安はどんどん狂っていったが地図でみるとこのあとの道が緩やかであることから昼ご飯を済ませ再び元気に歩いた。それから1時間余りで八丁池に到着していた。薫は寝ていて一つの荷物になっていたのでそれをおろした父さんは生き生きと見晴台へ足を運んだ。この先の万二郎岳へ思いをはせて山の開放感をあびていた。

今回はキャンプ場まで歩いて帰らなければならない。おりたら車というわけもなく着くのが5時頃になると予想すると帰りの道のりも気になった。もう食べ物もないし、池をながめるより来た証拠をと写真をとった。
帰り道はひたすら歩いた。延々と歩いた。薫も途中走った。そして向こうの山が近く、緑と山桜の山々が私たちの足をとめた。段々のわさび田が目に入る。育てている人はここまで来るのだろうか、としたら大変だ。どうみても車は入って来れないなどと色々頭をよぎった。
しかし、順調だった。子ども達の背中ではまだ残っている水が入ったリュックサックが元気に揺れて、薫の靴はピョコピョコはねた。足が痛い、お腹が空いたは皆おなじだったけれど、行くしかなかった。

旧天城トンネルまで来ると、あと少しという気持ちがますます強まって、父さんが『おみやげやさんがあったらまんじゅうを買おう』というと、怜は『セブンイレブンがあったら買って』などといっていた。あるはずがないと思ったのは私だけだろうか。感心したのは祐二だった。一列にならぶと一番うしろとなってしまうが、へこたれずマイペースで歩いていた。夕食を思いうかべていたのか。それぐらいは時間はすぎていった。30分があっという間だった。ついたらすぐに肉をやいて食べよう、やきそばをしようと食べることを考え、なんとかついた。

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