伊豆天城 八丁池登山(次男;祐二)

ぼく、んちは、大川端キャンプ場、にキャンプにいきました。ついて、つぎの日にあら川みほさんちも、大川端キャンプ場にとまっていました。八丁池までのぼるやくそくをしていた、9時ごろに八丁池めざしてあるきはじめたよ。はじめは、車でいこうかと思ったが、きっとちゅうさゃ場がまんたんだと思ってそのままの大川端キャンプ場から入口までは、あそびながらいったよ。ちゅうしゃ場についたらまんたんじゃなくてまだすこしはいれたぐらいでおとうさんちは、車でくればよかったねと、いっていました。そこから、どうろをわたって川のうえの道をあるいていったらそこの道は、車がとうれる道でうしろから、すなぼこりをあげて車が走ってきたから、よこのほうへよけたら車は、そのままとおりすぎていったよ。でもすなぼこりが、あっておかあさんは、はなのへんを手ではらっていたよ。ぼくの、妹は、3才でそのてんでへたへたしちゃってお父さんがおんぶをしていたよ。そこからすこしいくとかわばたやすなりという人の顔がみどり色の石にうつされていたよ。そこですこし水をのんだりしてやすんだよ。やすんでずいぶんあるいたら、白橋についてそこにベンチがあったからそこでパンをたべてきゅうけいしたよ。きゅうけいしてからのどうろは、車がとうれない道くねくね道ですこしつかれたよ。そこのへんから、ガムを食べはじめたよ。そこからすこし行くとかんばんがあって上のほうは、森道で、よこは、ふつうのどうろで、どうろの道は6.1kメートルで、森道は、3.2kメートルだよ。だからぼくたち、は森道にしたよ。そこから山のぼりに入ったよ。ずいぶんのぼってあかるい車がとおれる道にでたよ。その道は、さっきよこの道であったどうろの道だと思う、どうろのまんなかのへんに森道があったからいこうと思ったけどおなかがへって行く木がしなかったから、「さきにおべんとうたべよ。」とぼくがいっておべんとうにしたよ。そのときの時間は、12時30分ころだったよ。おべんとうをたべおわってかんばんがあってあと2.2kメートルでつかれるけどいちよういこうと思ってあるいていっていたらおかあさんちがみえなくなってまっていたら、やっときてまたあるきだしたらまたみえなくなってまたまっていたらやっときたよ。そこからいっしょにいこおとおもったらいなくなっちゃってそのままあるいていったらやっと八丁池についたよ。ついた時間は1時45分だよ。そこから見はらし台にいって遠のほうを見あたしたよ。そこからあたきたみちをもどっていったよ。帰りみちはらくだったよ。でもさいごのほうは、つかれているのにさかすぎ*1ですべりまくりだったよ。だからおかあさんとぼくは、すべってころんじゃったよ。おりてからどうろのみちでどうろのみをそのままいったら白橋について、きたみちをそのままいったらちゅうしゃ場にでてそこから、おかあさんとぼくでゆっくりはなしながらあるいていったよ。

*1 さかすぎ=坂が凄いの意味らしい

伊豆天城 八丁池登山(長男;怜)

ぼくんちは、大川端キャンプ場に行って次の日に八丁池に行きました。

9時に出て、道がわからなかったので管理人さんに聞いてあそこにある踊り子歩道をずっと行けばいいとおしえてくれました。さいしょは、キャンプ場を通って行ったけどあとから森の中に入って行ってずっとせまい道を通って行ったらかいだんがあって登ったら上にちゅうしゃ所があってそのさきに車が通れる道があったので地図でしらべてその道だとわかったのでどんどん上っていきました。

でもいもうとのかおるがつかれたとか言ってへなへなすわりこんでしまいましたからお父さんがだっこして上って行きました。たまにつかれるとやすんですこしずつゆっくりあるいて行きました。

ずっとあるいて行ったらわかれ道があって山道のほうが3.2kmでよかったから山道を歩いて行きました。その道が石とか木がいっぱいあってすごくたいへんでした。八丁池にやっとついたのは、12時45分でした。お父さんとぼくとゆうじはみはらしだいへ行って八丁池た上から見ました。すこしたって力がでてきまからしゅっぱつしました。(1時25分)に出て帰りは、ちがう道ですたすたけっこうはやいすぴーどで帰りました。とちゅうでかおるがはしったので5分ほど速くなりました。
さいごのほうでぼくの足がじんじんすごくいたくなったけどがんばって歩きました。

やっと山道がおわっとと思ったらこんどは道路がずっとつづいていました。道路をずっと歩いて行くとパンを食べて休んだ所にでました。でもそこからまだまだ歩くからいやだなと思ったけど歩くしかないから足がすごくいたくてもがんばって歩きました。
やっとちゅうしゃ場についたけどあと1.3kmだと思ったらいやでした。でもゆるやかでたいらだったからすぐキャンプ場につきました。

つかれたけど八丁池もきれいでおもしろかったです。

伊豆天城 八丁池登山(妻)

『今日は八丁池まで登山だ』と、お父さんと子ども達と顔をみあわせた。青空がますます晴れ晴れしくしてくれる。ここ天城にキャンプに来て天城連山を自分の足で確かめようとテントから山登りは始まった。お母さんのリュックサックにはおにぎり6個、ゆで卵7個、みそしる2つ、すいとう、ウィンナー6本、ちいさいパン6コ。どれほどあるかわからない初めての道のりにこれが家族5人の食料だった。

子供用リュックには350mlの水5本、ジュース2本、ガム3つ。もう一つの荷物は3才の薫。
大川端キャンプ場から1.3kで水上駐車場へ出た。緑いっぱいで川の流れとともに歩いた道のりでは車ではわからない流れの音、鳥の鳴き声、耳に入っていった。
天城大橋をよぎると車道となって、次から次へ車がのぼっていったが、山歩きはまだまだ始まったばかり。川端康成の文学碑で立ち止まって休憩するのも新鮮だ。途中車を止めて登山をめざす年輩夫婦、一人でもくもくと歩く人、我が家のように幼い子をつれている人はみかけない。案の定まだ出発して1時間あまりでおなかがすいたとだれとなく言い始め、おかしはないか、チョコレートはないかとあれこれ言ったあげくパンを食べた。そのあとお父さんは山登りにはチョコレートをどっさりもってゆきたかったとぶつぶつ言っていた。

これより車両通行止めの道となる。ほっとして道をせいせいとひろがって歩く。八丁池3.2kの表示より深く山の中へ入って行った。もうすでに薫は完全にお父さんにだっこやおんぶをせがみ『失敗した!。薫を背負うのを用意すべきだった』と父さんは言った。3.2kという距離は余裕だと私は思っていたし、相変わらず子供らの足取りは軽かった。木の根が限りなく足下をおおい、光があたって明るい林の中でも薫をかかえているお父さんはひたすら八丁池をめざしていた。一人で歩く時の2倍のエネルギーを消費しているので彼は特別水も飲んだ。

やっと林道に出た所でみた標示はなんとあと2.2k。もう12時もまわった。愚痴も文句も言わずリュックをしょってきた子供らも実にお腹が空いていた。『お昼につけば』という目安はどんどん狂っていったが地図でみるとこのあとの道が緩やかであることから昼ご飯を済ませ再び元気に歩いた。それから1時間余りで八丁池に到着していた。薫は寝ていて一つの荷物になっていたのでそれをおろした父さんは生き生きと見晴台へ足を運んだ。この先の万二郎岳へ思いをはせて山の開放感をあびていた。

今回はキャンプ場まで歩いて帰らなければならない。おりたら車というわけもなく着くのが5時頃になると予想すると帰りの道のりも気になった。もう食べ物もないし、池をながめるより来た証拠をと写真をとった。
帰り道はひたすら歩いた。延々と歩いた。薫も途中走った。そして向こうの山が近く、緑と山桜の山々が私たちの足をとめた。段々のわさび田が目に入る。育てている人はここまで来るのだろうか、としたら大変だ。どうみても車は入って来れないなどと色々頭をよぎった。
しかし、順調だった。子ども達の背中ではまだ残っている水が入ったリュックサックが元気に揺れて、薫の靴はピョコピョコはねた。足が痛い、お腹が空いたは皆おなじだったけれど、行くしかなかった。

旧天城トンネルまで来ると、あと少しという気持ちがますます強まって、父さんが『おみやげやさんがあったらまんじゅうを買おう』というと、怜は『セブンイレブンがあったら買って』などといっていた。あるはずがないと思ったのは私だけだろうか。感心したのは祐二だった。一列にならぶと一番うしろとなってしまうが、へこたれずマイペースで歩いていた。夕食を思いうかべていたのか。それぐらいは時間はすぎていった。30分があっという間だった。ついたらすぐに肉をやいて食べよう、やきそばをしようと食べることを考え、なんとかついた。

伊豆天城 八丁池登山

八丁池へ行ってきました。

午前6時起床し、食事と共に昼食分のおにぎり分の米を飯ごうで炊く。天気は快晴、空気はわずかに春霞がかかっているが最高の登山日よりとなりそうだ。おにぎりをつくり、茹で卵を作って9時にキャンプ場をあとにした。当初車で登山口まで行く予定だったが出発時間が遅くなった事もあり、多分登山口駐車場も一杯であろうと予測し、せっかく登山口近くのキャンプ地に宿泊したのだからのんびりと家族水入らずで登山気分と同時にハイキング気分も楽しもうとの趣向だ。今回、掲示板でお世話になってますkatochanから頂いた地図を頼りに歩くことにする。区間毎のおよその時間がかかれているが、我が家の3才お嬢様の足を考えるとまったくあてに出来ない。日が沈むまでに帰ってこれれば良いという事で、時間など気にせずのんびり歩くことにする。キャンプ地から登山口まで伊豆の踊り子道という名の山道を歩く。ちょうど川の横をあるく感じで沢のせせらぎの音を聞きながらのんびりと歩き出す。登山口まではそれほどきつい登り勾配はなく、思った通りハイキング気分で歩くことが出来た。

伊豆の踊り子道を歩いてバス停もある国道414号線(下田街道)に出た、ここにも駐車場があり15台程度の車が停車出来そうだが、すでに満杯状態だった。国道を横切り旧天城トンネルへと向かう旧道を歩く。車も通行出来、車が通り過ぎる都度土煙が舞った。のんびりと沢の横をあるいた伊豆の踊り子道とは違って車を気にしながらの通行は子供連れには気が気でなかった。川端康成の記念碑でひと休みする。記念に写真をパシャリ。キャンプ場からおよそ1時間歩いてやっと最初の上り口分岐点に到着した。朝、充分に食事をとったにも関らずお腹はすき、喉はからからだ。休憩とともにパンなど軽く食事をした。ここ旧道からそれ、自動車道ではあるが通行止めになった道路を登る。この道は「下り御幸歩道」というらしい。もう一つが「登り御幸歩道」というらしいが、僕等がキャンプした場所からはこのどちらかの道を使うしかないようだ。今回は手前の下り御幸歩道から登り、上り御幸歩道経由で八丁池まで行って帰ってこようと思う。

上り初めて30分たった頃か、娘を抱いて歩いた僕が先に根をあげた。暫く休憩である。休憩中若いカップルが我が家を抜いて行った。まだまだ八丁池までは先が長い。また歩き始める。ガムを噛みながら家族で花や木々、そして野鳥の声に耳を傾けながら歩く。いろんな鳥の声が聞こえてくるが、残念ながら名前が解るはずもなく、少々悔しい思いをする。また30分程あるいた頃に大きな標識がたっており、先ほど我が家を抜いていったアベックが立ち往生している。話を聞くとこれから先へ進もうか、引き返そうか思案しているらしい。彼らは駐車場から歩いて数分程度の処に八丁池があるものと勘違いしていたようだ。手にはカメラこそ持っているものの食料はもちろん水さえも持っていないらしい。初めての我が家もこれからどの程度あるけば良いのか解っておらず、的確なアドバイスが出来るはずもなく、知らぬもの同士であれやこれやと話をする。カップル達の気持ちは半分以上帰る方向にあるようだ。僕も「富士登山は途中でひきかえすと、なんか言われるそうですが、この山はそんな事もないでしょう」と意味不明な話をする。カップルの男性が「僕等は山男じゃないですから、いいつたえは気にしないですから大丈夫です。」と返事する。さすがに自分も軽率な発言に苦笑した。

ここで若いカップルと別れ、自動車道から逸れ、本格的な登山道に入っていく。ここから八丁池まで3.2kmあるらしい。いきなり急な登山道になった。少し歩くだけで息切れがする。今回娘を抱くのはおとうさんだけだ。娘が自力で歩いているときは回りの奇麗な景色を見る余裕があるのだが、抱いて歩くときは風景を見るどころか足下を見て歩くのが精一杯となる。これは学生時代のスポーツトレーニングの比ではない。それこそ自分のHomePageに登りますと公言していなければ、この場から引き返したい気分である。途中休憩を挟んで1時間歩いた頃に、再び自動車道に出た。ここが終着点では?と思ったが標識がたっており、まだ1kしか歩いていない事を知る。なんとまだ2.2kも残っているではないか。再び、気の遠くなる想いが襲ってきた。さすがに自分の体力を推し量るにトホホ気分となる。時間は既に12時を過ぎていた。食事は八丁池でとるつもりでいたが、この調子ではいつ着くともわからなかったのでここで済ますことにした。ここでkatochanから頂いた地図を再度チェックする事にした。さすがに登山を熟知しているkatochanだけあって、地図をよく見ると等高線が書かれている。これを見る限り今まで歩いてきた登山道はかなりきつい上り勾配であったが、これから先はいままでの半分とは言わないが緩やかな登山道であるようだ。

食事をすまして10分も休憩したら体が嘘のように軽くなってきた。これは気圧がまだ低いせいだろうか。気を取り直して再び上り始める。予想通り道が緩やかになっている。今まで道を覆っていた杉、松の木が減りブナの木が増えてきた。まわりの様相がガラリと変わった。上りが緩やかになったぶん、ペースが速くなる。娘も自力で歩けるなだらかな道も時々現れた。時々お母さんが手を引いて歩いてくれる機会も増え、自分も回りの景色に目をやる機会が増えてきた。さすがに日本百名山と言われるだけあって木々と青い空とが相まって緑と青とその他おおくの色とのコントラストが鮮やかだ。標識があと0.8kとなったあたりで娘が寝た。眠った体はタコのように柔らかくなり本来の体重以上に重くなる。疲れ切ったからだに追い打ちをかけられる想いだ。昼食後それほど大変な上り坂もなくどうにか13時40分、八丁池に到着。キャンプを出発してなんと4時間40分の道のりだった。池のほうは水は奇麗だが上高地のような魅入られてしまうような美しさはあまり感じなかった。これは時期的なものだろうか、それとも天気のせいだろうか、あるいは自分が期待しすぎていたせいかもしれない。

食事は登山途中で済ましてしまったし、娘は寝入って起きる様子はない。やることもないので記念写真をとり娘と妻を残して息子と3人で片道10分の見晴らし台へ向かった。一人では足下も軽快だ、駆け足で向かう。しかし、疲れはかなり蓄積されているようで数分で走ることが出来なくなった。急に足が重くなる。手で膝を押しながら見晴台へ到着。おお!一望出来る高台だ。近くは万三郎、万二郎を除いて見上げるものがない。他の山々を見下ろすことが出来た。富士山は残念ながら見ることが出来なかった。冷えてきたので「いつかは万二郎」と心に決め見晴台を後にする。八丁池に戻り、しばし池のほとりで休息をとったあと下山開始だ。時間は14時25分を過ぎていた。

あいかわらず娘は目が覚める様子がない。再び見晴台を横切り、トイレを通り過ぎた頃娘が目を覚ました。娘は自分の目で八丁池を見ることがなかった。下り当初はそれなりに下り勾配がついていたが、20分も歩くと山の山肌を横断するような平坦な道に変わった。峠から僕等が次に歩くであろう峠道が見えるが、同じ高さに見える。そのぶん道はよく、娘の足でも歩くに苦にならない。僕はこれ幸いにと登山気分を満喫しながらあたりの景色に目をやる。軽快だ、風も殆どなく、半袖姿でも寒くない。1時間半ほど歩いた頃か、登山のベテランらしきグループが丸太に座って向こうに見える山肌を眺めていた。僕も気づいていたが向こう側に見える山肌が白とピンクと緑のコントラストが絶妙なほど美しかった。ここからだと木々で遮ぎられる事なく一望できた。グループの人たちに尋ねると白とピンクは山桜である事を関西なまりで教えて頂いた。ここで写真をとり我が家もしばし休憩。
しかし、そうこうしている内にだんだんと太陽が傾いてきた。既に4時を過ぎていたが、一向に登山口に到着しそうにない事を心配し、次を急ぐ事にする。足が棒のようになっていく、かかとがこすれて足が痛くなってきていた。長男も足首をくじいたらしく、右足をかばいながら歩くようになった。少しずつ長い時間の登山に生身の肉体が痛んでいくようだ。目的の八丁池を見ることが出来たし、登山も楽しんだ。あとは、早くキャンプについて体を休めたいのが皆同じ共通の願いのようだ。

夕方4時半頃ようやく天城峠に到着する事が出来た。ここから500m急な登山道を下山すると旧天城トンネルにつくらしい。やっと帰宅できる時間的スケジュールの目所がたつ中継点まで来た。しばし休憩後、娘を肩車して下り始める。息子達が先導し滑りやすい箇所を僕に知らせる。肩車は足を滑らせたときには怖いが、おんぶ、だっこをするには腕が疲れていてこれ以上は無理って感じだった。これまで永遠と歩いた我が家にとって500mはすぐだった。この区間で妻がこけた。むこうづねを強く打ったようで、顔をしかめていた。

旧天城トンネルには休憩所もあり水洗トイレも設備されていた。こんな山奥で至れりつくせりである。ここは登山前の予備知識として富士図書館で借りたNHK登山ビデオで出てきた1シーンの場所である事も解った。そうか、あの人達はここから上り始めたのかと、逆のルートで我が家は登山したことを初めて知る。
さて、ここから暫くは自動車道を歩いて朝、歩いて来た道へと引き返すのみだ。道が舗装されていないため、車とすれ違う都度に土埃が舞う。肩車している娘が土煙でむせこむシーンもあった。こちらに気づいて徐行する地元車もあったが、他県ナンバーの車は容赦なくタイヤを唸らせながら走り抜ける車もあった。

朝、パンを軽く食した休憩所に到着。この休憩所を起点とし、西ルートから登山して東ルートで下山したことになる。ここで最後の休憩をし、朝歩いてきた道のりを逆戻りし夕方5時45分、無事キャンプ場に辿りついた。朝9時出発して夕方5時45分着。休憩を挟んでなんと8時間45分登山していた事になる。足も痛くなるわけだ。
今回は地図の見方がよく解らなかった事もあり、不安要素がかなりあった。昼食をどの時点でとれば良かったのか、到着時間がどのくらいになるのかさっぱり検討がつかなかった。その分、楽しい気分でハイキング出来たはずの山肌をあるく区間とか、体の五感にそそぎこむ森林浴など、自然体で喜ぶ事が少々出来なかった気もする。だけど家族で共に過ごす時間はとても有意義でこれからも沢山の思い出をみんなで残せたらと思う。娘もまだ小さくてすべてを自分の足であるけるようになるには、まだまだ数年かかると思うが、それを家族全員でカバー出来ればと思う。
欲を言えばまだまだ反省点も多くあるが、好天に恵まれ、予想もしていなかった山桜も見ることが出来、日本百名山と言われる山道を歩けた事はなによりも最高だったと思う。キャンプに到着し、夕食もそこそこに「湯が島、天城温泉会館」へ向かい、水着姿で家族水入らず温泉につかり、今日1日の疲れをいやせたのもこれまた最高であった。登山の師、katochanの登山日記を拝読すると、お酒と温泉が度々出てくるが、登山と温泉は切ってもきれないベストマッチであるかもしれない。
今年はあと2つくらい山へ登りたいと希望する。
川端康成の文学碑。小説「伊豆の踊り子」の一部が彫り込まれている
八丁池までを富士山山頂に例えると、9合目まで登った頃のワンショット。3才の娘がおかあさんと手をつないでひたすら登る。親としてはけなけな写真である。ウル・ウル
先の写真と同程度の高さでのショット。太いブナの中は空洞となっている。樹齢何歳だろうか。中を覗くと少し気味が悪くもない。
見晴台から見る八丁池
見晴台から見る万二郎岳。一人登山であれば、今はあの頂上かもと少し感慨にふける
八丁池の看板とワンショット。
八丁池見晴台すぐ下にある公衆トイレ。水洗トイレである。流した水は濾過され再利用される。
上り御幸歩道の途中で撮影した。白、ピンクの山桜がとても綺麗だった。
天城峠でのワンショット。ここまで来ればあとは帰って来たのも同然だ。だが、これから更に1時間ほど歩くはめになる